コラム Column

『専門知識』と「職業的な知恵」

前回のコラムで、社労士資格の内容は、『実務的』、『実利的』であることを述べました。
その中で、次のことを取り上げました。
  • 『実務的』であり、『実利的』であるということの「デメリット」は何か?

社労士資格の内容は、社会保険・労働保険に関する実務的なことが中心です。実は、実務的であればあるほど、一定規模の社長をはじめとする経営者の方々には、馴染まない内容になるのです。経営者は、実務的な社会保険の手続きは、基本的にはすることは無く、概して興味もありません。労務については、全体のマクロ的な方向性は決めますが、詳細な内容までは正確にはすべて把握していません。また、その必要も無いのです。当たり前ですが、事務的なことはスタッフがしているのです。社労士資格の保有者は、ほとんどが総務のスタッフが持っていて、多忙な経営幹部が持っていることは、滅多に無いでしょう。経営者や幹部は、「職業的な知恵」を有し、そのベースとなる次の二つの洗練された思考を身につけているのです。

  • ミクロの「洗練された実務思考」とマクロの「抽象化思考」

人の上に立つ者は、ミクロの「洗練された実務思考」とマクロの「抽象化思考」を身につけています。問題点をミクロで捉えて分析する思考。組織全体をマクロで捉えて理解する思考。特に、経営者はスタッフが持たない「抽象的な思考」を身につけています。

資格を取得すれば、広範囲な専門的な知識を得ることが出来ます。しかし、各種の矛盾や障壁が立ちはだかる現実世界の中で、個別化され様々な交渉が伴う企業労務の問題解決には、法律知識だけでは遠く及ばないでしょう。恐らく、資格取得で得た知識を経営者にそのまま伝えたら、多くの場合、嫌がられるだけで相手にされないでしょう。そこには、「職業的な知恵」がないからなのです。クライアントは知識に敬意を払うのではなく、見えない「職業的な知恵」に対して、敬意を払っているのです。また、実務をつきつめていき、その方向性を間違えると思考自体が、非常に『実利的』になりやすくなる危険性があるのです。

社会保険事務は、会社のコア・コンピタンスでもないのに、手間がかかり面倒な事務作業をアウトソーシングして時間を買うためにあり、経営戦略の外の世界にあるのが実情でしょう。一方、労務の世界は、企業経営に伴う戦略に密接に結びついていて、特定の世界の中で完結されません。さらに、知識だけでなく「職業的な知恵」や「クライアントの状況に応じた個別の対応」が多分に求められます。そのため、事務員では対応が出来ないため、その役割は、経営者や幹部が担うことになるのです。

資格取得を目指す方は、上昇思考があるのだと思います。しかし、資格の取得だけでは、「職業的な知恵」のベースとなる「洗練された実務思考」と「抽象化思考」を身につけることは出来ません。恐らく、この二つを身につけない限り、会社の重要な制度構築などを任されることは無いでしょう。資格がなければ、最初の扉も開かないことがあるのも事実ですが、資格保有だけでは他者との差別化は難しい。昨今、常態化した不況のため、資格保有者の職無しは、世の中に溢れているからです。資格保有だけで差別化すれば、他の資格者と簡単に代替されることをアピールしているとも言えるのです。

実務的であることが、『実利主義』の思考を形成しやすく、そのことが、他者との代替を容易にさせ、特定の世界の中から抜け出しづらくなることがあるのです。私は、社労士の分野に関わらず、あらゆる分野で、『実利主義』には決して染まらず、ミクロの「洗練された実務思考」とマクロの「抽象化思考」を身につけていることが成長へのヒントだと考えています。

資格というチケット。それをどのように使っていくのかは、各人のこれまで培われた「職業的な知恵」の上にあるのです。また、将来、どのように活用していくかも、「職業的な知恵」を身につけ思考を鍛えていく過程の中に千差万別にあり、それこそが他者との差別化となると思うのです。そのために、自分自身、日々精進しているのです。

作成日:2011年9月12日 屋根裏の労務士

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