コラム Column

「賃金の下方硬直性」

平成29年4月に予定されていた消費税率10%への引き上げ。平成31年10月へ、2年半の再延期の方針が出されました。消費税の引上げの再延期について、安倍首相は下記のように表明。
  • 「今般のG7による合意、共通のリスク認識の下に、
    日本として構造改革の加速や財政出動など、
    あらゆる政策を総動員してまいります。
    そうした中で、内需を腰折れさせかねない消費税率の引き上げは
    延期すべきである、そう判断いたしました。」

安倍首相の増税再延期の判断。報道各社の世論調査では、延期を支持する声が多い。しかし、報道各社では、延期というニュアンスより、『先送り』というマイナイスのイメージで報道しているように感じています。

安部首相は主要7カ国首脳会議に出席後、記者団に下記を述べました。

  • 「今回のサミットで、世界経済は大きなリスクに
    直面しているという認識については一致することができた。」

上記を強調した上で、現在の世界経済の情勢を2008年のリーマン・ショックの「直前」と似ていると分析。予定通り増税した場合は、経済が急速に悪化する懸念があり、政権が目指すデフレ脱却が困難になると説明。

現在の世界経済の情勢がリーマン・ショックの「直前」に似ているか否かは、わかりません。「直前」と説明しているところが、中々、上手いところだと感心していました。やはり、官僚には、知恵者がいるようですね。頭の良い人はいるものです。

日本経済は、まだまだ、供給超過の状態でデフレ経済は脱却できていないのでしょう。それでも、アベノミクスは、一定の成果をあげていると思います。完全失業率は、3.2%になり、20年ぶりの低水準。大卒就職率97.3%となり、過去最高を記録。昨年度は、所定内給与が10年ぶりにプラス転じました。

アベノミクスの恩恵を受けて、業種によっては、前年比を上回る業績を上げているクライアントもたくさんあります。賞与の支給原資を増やせたり、久しぶりに、決算賞与を支給できるクライアントも出てきました。

しかし、業績が好調な企業でも、月次給与の昇給に関しては、厳しい状況になっているようです。労働組合がある企業でも、今回の春闘も出足不調です。昨年度の様にベアが簡単に行われていません。

今期の昇給について、小生の方にも、度々、ご相談を頂いています。今期、中小企業のクライアントの中から、次のようなご相談を頂くことが続いています。

  • 「何とか昇給をさせたいと考えていますが、
    一度、昇給をさせてしまえば、業績が落ちた時に
    固定賃金を下げることは出来るでしょうか?」

  • 「昇給はさせたいと考えていますが、
    不況の時に、減額できるような運用は出来るでしょうか?」

小生が策定している給与規程。昇給だけではなく、降給についても、明記してあります。しかし、給与規程に明記してあり、給与制度の仕組みの中に、降給制度があったとしても、実際に運用していくのは、簡単ではありません。

そもそも、給与規程に、降給のことなど、一切触れていない規程も珍しくありません。当然、トラブルが起きた場合、『昇給』の定義が争点になります。

バブルが弾けるまで日本経済は、空気の如き好景気のインフレ。その後、バブルが弾けてデフレになりますが、リストラはあっても、ベテラン社員の固定賃金の減額。ほとんどありません。

デフレの期間に諸説ありますが、デフレは20年以上続いています。それなのに、ベテラン社員の方の基本給などの所定内給与。強固な既得権とされており、大企業から零細企業まで、バブルが弾けてデフレになっても、給与制度の抜本改改革でも無ければ、ほとんど減額されていないのです。

給与制度の改革もないのに、パフォーマンスが出ていないベテラン社員の月次給与を下げている企業。めったに無いでしょう。給与制度の改定に伴う減額が発生する場合でも、ほとんどの企業は、減額に伴い経過措置などを設けて、ソフトランディングの対応をしています。経済学の中で出てくる、まさに次の状態になるのです。

  • 賃金の下方硬直性

労働市場では、概して「市場の失敗」が起こりやすく、市場メカニズムが上手く働きません。ガチの労務の鉄火場では、どこかで教わってきたような机上の理論通りに、残念ながら、いかないものです。

賃金には下方硬直性があります。つまり、賃金は下がりにくい特性があるのです。賃金の下方硬直性は、労働の需給調整のバランスが崩れ、労働者の賃金が一定以下に低下しない状態のことを指します。何故このようなことになるのか。経済学では、様々な考察がされていますが、小生は、結局、下記が原因だと捉えています。

  • 労働法に賃金を下げる取扱いが
    きちんと明記されていないこと

労働法では、懲戒事由該当した場合、一回限りの罰則的な減給について減給の制裁として規定されています。しかし、業績や査定に伴って、固定給を下げることに関して、基本的には明記されていません。

労働条件の変更に関して、これまでの判例内容を整理した条文が労働契約法の中で規定されています。しかし、条文の内容は、変更の正当性や妥当性について、考え方の方向性だけを条文に示しているに過ぎません。

日本の労働法や労働慣行では、解雇が難しいだけではなく、固定給の減額対応をしていくことも、難しい対応になっているのが実情。会社が債務超過になって資金ショートを起こしていても、社員の固定給の減額が出来ないまま倒産した企業など珍しくないのです。倒産するまで、賃金が減額できないし、倒産して次の会社に引き継がれても、賃金の減額が出来ないケースもあるのです。

結局、あまりパフォーマンスを上げていないベテラン社員の給与。適正に調整することが出来ないままで、今日の今日まできたのです。既得権で硬直化した給与制度の仕組みと労働組合や反発するベテラン社員の圧力の中で。

泥沼の裁判になった場合、インフレ経済下での判例がベースになってきます。会社側に有利な展開には、中々、ならないでしょう。

結局、デフレの20年の間、既得権がなく、何も分からない若年層の賃金を抑えて、昇給がない非正規社員を増やして、騙し騙しやってきたのです。硬直して出来上がった村社会の中で、発言力も、発言権もない、社会的に弱者の若年層や非正規社員に我慢させる形で。

労働法が会社の業績に応じて、固定給を減額させることが難しいので、業績が上がった場合でも、なかなか、固定給を昇給させることが難しい一面。あるのではないかと思います。

実は、最近、下記のような対応をしている企業。見かけるようになりました。また、クライアントからもその相談を受けています。

  • 基本給の昇給ではなく、「調整と称する手当」での加算。

会社は、社員の方々に、月次給与を増額させてあげたい意向。会社は頑張っている社員の方に、何とか増額させてあげたいのです。アベノミクスの恩恵を受けていない厳しい経営状況が続く中でも。

しかし、一度、基本給を昇給させてしまうと、経営状況が悪化してしまった場合でも、簡単には基本給の減額対応はできません。そこで、調整手当、調整給、調整特別手当など、「調整と称する手当」を支給して、月次の固定給を増額させることを検討しているのです。

賃金の下方硬直性に対応するために、調整可能な手当名目で支給を検討しているのです。4月から6月までの3ヵ月間で、クライアントからも、度々、上記運用の相談を頂いています。

消費税の引上げの再延期について、政治判断をした安倍首相。現在の世界経済の情勢がリーマン・ショック直前に似ているか否かは、わかりません。確かなことは、経済情勢は混沌としており、先行き不透明であるのは間違いないようです。

作成日:2016年6月13日 屋根裏の労務士

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