「生活保護制度!」
生活保護は、議論自体がタブー化されていた問題だったでしょう。厚生労働省が管轄ですが、財源は税金です。生活保護の財源負担率は、国庫負担75%、自治体負担25%。生活保護法は、社労士の試験内容にも原則として出題されません。この制度の実務に本当に精通している人は、福祉事務所の方々と実際に給付を受けている方々だけでしょう。
生活保護は、命をつなぐための最後のセーフティーネット。憲法第25条の生存権に関わる大切な制度です。一方で、具体的な運用を含めた内容は、ほとんど知らされていません。このことは、ある意味、年金制度と同じだったと思うのです。
生活保護は、保険制度ではなく、公助の思想に基づくもの。税と社会保障の一体的な議論の中で、これまで公助として、ある意味、別枠で取り扱われていた内容でした。
私は、生活保護の報道を見るたびに、「最後のセーフティーネットは何か」を考えながら次の視点で見ています。
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ケースワーカーの視点
現行の生活保護制度がある中で、自分がケースワーカーであったら、どのように対応するかを考えてしまうのです。
ケースワーカーの方々と重なる人達がいます。それは、下記の方々です。
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学校の教師
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企業の人事・総務の担当者
私の父親は高校の教師でした。現在でも親戚に教師がたくさんいます。どの仕事も大変ですが、教師もこの上なく大変です。
教師の業務は、たくさんあります。その中に不登校の生徒への対応があります。不登校になってしまった生徒の自宅を訪問して、学校をあげて立ち直りに向け様々な努力を図るのです。当然、保護者である親への対応も膨大にあります。
『教師は、学業だけ教えていればよい』という意見もありますが、現場ではそんな机上ではまわっていません。現実は、子供の教育、しつけだけでなく、親への対応も含めて膨大に対応していくことや社会から求められることがあるのです。
いつの時代でも、「先生」という存在は、指導要領にはない、「社会的にタブーなこと」や「極めて個人的なデリケートなこと」に踏み込んだ相談を受けることが多いのです。
職業としての特定の専門分野以外のことに相談にのり、受け止めて欲しいという期待。「先生」という存在は、その期待が多分にあると思うのです。
不登校になり、一番大変なのは本人です。家族や学校など周囲も大変です。不登校が一人出れば、その一人に対して学校と教師は、膨大な労力と時間を割き、精神的なストレスを抱えることになるでしょう。
これまで、不登校の問題は主に学校世界の対応でした。これが社会人になると、うつ病による休職への対応です。
不登校の生徒に教師が行う対応のように、企業担当者が自宅まで訪問して、状況を確認し相談に乗って、職場復帰に向けた様々な支援や対応をしていくケースが増えています。
その姿は、まるで不登校になってしまい、対応している教師のようです。会社は、休職者への対応だけでも大変なのに、最近では、親や配偶者への対応も出てきているのです。
就業規則で定めた休職期間満了の対応をめぐり、会社側の労働環境の悪さに対する責任を含めて権利主張と企業の社会的な責任を前面に出してクレームをつけてくる方まで出てきています。もはや、モンスターペアレントの問題は、学校世界のことだけでありません。
自然退職となり、傷病手当金の受給が終わり、再就職が出来ずに、家族が支援出来ないのであれば次は、生活保護でしょう。
現金給付である基本手当、傷病手当金から、生活保護への切り替えを以前より、安易に考えている方も増えていると思います。
件数は少ないですが、休職満了に伴い、傷病手当金の受給終了後における生活保護の受給方法の相談を受けたという相談も出てきました。
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人権尊重の視点に立つ、
社会的な弱者のための命の綱であった生活保護。
この不正受給は本当に酷い。憲法25条の生存権を盛り込んだ意義を悪用しているからです。生存権は、GHQ草案にはなかったが、熟慮のうえ後から盛り込んだ内容。
不正受給は憲法にかかげる生存権の思想自体を侵食させかねません。そのことが、社会的な弱者の人権を軽んずることに繋がり、回りまわって、健常者である自分達の人権を軽んずることになりかねないのです。
作成日:2012年6月2日 屋根裏の労務士