「糸杉が放つ自然への畏怖の念!」
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「大地、海、空 ― 4000年の美への旅」
人類史における「自然と人間の歩み」ついて、美術作品を通じて、概観しようというコンセプトです。
レンブラント、モネ、ホッパーをはじめとする数々の作品が133点も展示されています。その中で、一際目を引く、今回の主役を飾るのがやはり次の作品でしょう。
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ゴッホの「糸杉」
私はこの作品が来日するのを以前から楽しみにしており、混雑を承知で展覧会の初日に足を運んでしまいました。
「糸杉」は、もの凄い迫力でした。マチエールに厚みがあって、立体的にも見えました。何か力溢れる深緑の「糸杉」が、眼の前に迫りだしてくるような迫力。
ゴッホは、日本人からとても敬愛されていると思います。このことは、日本とオランダとの友好的な関係を形成できている要因の一つにもなっていると思います。当のゴッホ自身も、日本に対して強い関心を持っていました。19世紀の中頃、ヨーロッパでジャポニズムが起こります。
日本が開国をしたことを契機に、日本文化がヨーロッパに伝わります。これまでのヨーロッパ芸術の常識を覆すような日本の芸術が注目されるようになるのです。ジャポニズムは、単なる一過性のブームではありません。ゴッホやモネなどの大芸術家をはじめ、多くの芸術家たちに大きな影響を与えるのです。
特にゴッホは、貧しい生活の中でも500点近くの浮世絵を収集するほどの熱心さ。日本を敬愛してくれた大の親日家でした。その中でも、ゴッホは歌川広重を特に気に入っていたようです。広重の錦絵「名所江戸百景 大はしあたけの夕立」をゴッホは、忠実に模写をした作品を残しているのです。
ゴッホの作品で、代表作といえば、言わずと知れた、「ひまわり」。ゴッホの代名詞にもなっており、いわば、表の顔となっている作品でしょう。
「ひまわり」は、ゴッホ円熟期の作品。確認されているゴッホの「ひまわり」は世界で合計11点。「花瓶に活けられたひまわり」が6点だったと思います。
日本にも一枚あります。新宿の損保ジャパン東郷青児美術館で、常設展示されています。私は、おそらくこれまで20回以上、「ひまわり」に会いに、足を運んでいると思います。
「ひまわり」を見ていると、イキイキとした生命の息吹が伝わってくるように感じます。見ていると何か元気が出てくる情熱的な作品です。この絵を描いたゴッホの喜びに溢れた、前向きな心持が伝わってくるようです。
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何かワクワク、ウキウキした気持ち
そんなゴッホの心持が伝わってきて、何だか、自分もワクワク、ウキウキしてきて前向きな感情が体から湧き出てくるような気がするのです。
この生の息吹を感じる「ひまわり」に、何か対照的な趣意で、描かれたような作品があります。それが、今回、日本にやってきた、「糸杉」。「ひまわり」がゴッホの表の顔だとしたら、「糸杉」は、いわば、裏の顔ともいえる作品だと思います。
「糸杉」はゴッホ晩年の作品。ゴッホは、37歳という若さで、自らの手により人生の幕を閉じます。
晩年に、「糸杉」をモチーフにした作品を数多く手掛けています。情熱的な太陽のような「ひまわり」ではなく、墓地に植えられた、死を連想させる「糸杉」を数多く描くのです。
今回、日本にやって来た、「糸杉」は、ゴッホが命を絶つ1年前に描かれた作品。ゴッホが描いた数ある「糸杉」の中で、最も次の印象を漂わせる作品に見えるのです。
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「自然に対する畏怖の念」
何か、「神々しい様相」を漂わせる作品にも見えます。深緑の「糸杉」が、まるで怒り狂い、炎上して、火柱のようになり、大地や天空を震わせているようにも見えます。
怒り狂う自然の力。
恐ろしい自然の力。
圧倒的な自然の力。
そこにあるのは、「ひまわり」のような慈愛にみちた、優しい自然の顔ではありません。「糸杉」に化身し、怒り狂い、もはや手に負えなくなった、恐ろしい自然の顔です。
自然に対する畏怖の念を描いた「糸杉」。
東日本大震災、原発事故後で苦しむ日本。
時代のちょうどこの時に、この絵を見ていると何かに気づき、何かまた別の意味を持てるような気がするのです。
作成日:2012年10月8日 屋根裏の労務士