「野球場のビール売り!」
槙原さんが、現役でバリバリに活躍していた当時、私は大学生の一時期、東京ドームでアルバイトをしていたことがあります。そのため、球場に足を運ぶと、私は、野球観戦だけでなく、球場の警備や販売スタッフの動きも色々と観察しています。
ビールの売り子をしていたこともあります。抑揚をつけた、次の言い回しで売るのです。
- □
「冷たい生ビールはいかがですか。」
「生ビール、いかがですかー。」
「生ビール、いかがっしょ。」
やっていた時は、ビールを売るときの口調も滑らか。中々、板についた感じでした。最近は、どの球場もビールの売り子は、女性だけ。男性の売り子は、めっきり見かけなくなりました。
どの仕事も大変なのですが、ビールの売り子も相当ハードです。ビールは、重たいし、球場は階段状。現金を扱うので、釣り銭の計算があり、注意も必要。それと意外に、ファールボールも飛んできて、危ないのです。当時の日給は、確か、下記です。
- □
一勤務固定給で、2,500円。
- □
ビール一杯、売るごとに、歩合が40円。
1回の勤務で、1万円ぐらい楽に稼げそうに思ったのですが、1万円を稼ぐために、下記の数を売りさばくのです。
- □
1分に1杯の販売。
着替えたり、点呼をとったりで、あれこれ準備や後片付けをしたりで、拘束時間は、約5時間。実質、販売時間は約3.5時間程度。1分に1杯売ったとしても、240杯しか売れないのです。
- □
2,500円 + 3.5時間 × 60分 × 40円 = 10,900円
上記を売り上げた場合の時間給は、1時間あたり約2,180円。達成が出来るのは、古参のアルバイトの一部だけ。相当な販売処理能力が求められるのです。ビールを注いで、商品とお金をやりとりしているだけでも30秒くらい、あっという間。
通常、一勤務で100杯が目標ノルマ。この場合、時間給が1時間当たり、1300円。正直、100杯程度では、割にあわないアルバイトです。
野球観戦は、ヤジも多いし、酔っ払いも多い。ひいきのチームが負けているときは、売り子に、腹いせで、当たってくることも度々。その中で、終始、笑顔ふりまきながら、元気よく、販売する。
販売しながら、野球の醍醐味を感じて、楽しく野球観戦なんて、とても出来るものではありません。野球場に、仕事で行くのと遊びで行くのでは、遠方まで出張で出かけるのと、旅行で遊びに行く程の差があるでしょう。
辞めてしまう人は、1日で辞めてしまいます。ほとんど、売ることが出来ないからです。売れないと、一向に、抱えているビールは軽くならない。ビールは、温まってしまう。社員の人から、怒られるし、何かと悪い回転が起きるのです。しかし、我慢して、何度かシフトに入れば、コツが掴めてきます。
球場でビールを飲む人は、おかわりが多いのです。飲み終わった頃に、タイミングを計り、再度、売りにいくのです。最初に売るときに、景気よく、一言、何か声をかけてこちらが、顔を覚えておく。すると、お客様も私の顔を覚えてくれるのです。
ビールを売る時のやりとりが、スムーズだと安心感もあり、同じ売り子から、購入しようとします。ビールの売り子らしく、球場の臨場感を演出。景気よく、気持ちよく売るのです。
野球観戦という1日限りの短い時間。その短い時間の中で、ビールを買う、ほんの短いやりとり。基本的には、すべてが一見客。希薄な人間関係です。それでも、一定の人間関係が築けます。そうなると、1日限りの短い時間の中で、リピートして頂けます。一勤務を通じて、自分のエリアというより、「自分の顧客」をつくれるようになるのです。
それと、野球の試合の進捗により、どの回は、どこに行けば、上手く、販売できるかのコースも分かってきます。そのあたりの勘所を分かってくるとだいぶ精神的に楽になります。精神的に楽になると、肉体的にも楽になります。何より、一回の勤務シフトが楽しくなるのです。
しかし、勤務になれて、勘所が掴めてきたとき新しい問題も起きてきます。
- □
既得権を持つ先輩方との軋轢です。
ビールを上手く、売るようなコツやノウハウは誰も教えてくれません。しかし、古参の人は、気が付いているのです。
- □
どの順路が、売れるコースであるかを。
その事に気が付いてきた新人には、何かと、嫌がらせが多くなります。暗黙で、古い先輩たちが売る、エリアやコースというのが既得権のようにあり、その領域には、入らせないようにするのです。
当時、各販売員が売るエリアも明確に決まっていませんでした。そのため、新人は、売れないエリアやコース。何かと、日常的に損な役回りを押し付けてくるのです。さらに、古参の人は、マネージャーに取り入るのは上手く、臭い仲になっており、理不尽なことは、立場の弱い新人に我慢させて済ませてしまう。
そんな先輩の既得権や理不尽なこと。程度の差こそあれ、どんな業界にも、あるものです。この世の縮図のようなものでしょう。
有利な情報や知恵は、親切に教えてくれません。自分で気が付くしかないものです。稀に教えてくれる方に巡りあった場合、とても運が良かったと、その出会いとその人に、感謝すべきことでしょう。
そんな世の厳しさを、最初に教えてくれたアルバイトでもありました。野球観戦しながら、当時を思い出し、「あの子は、勘所を掴んでいるかな。」と、売り子を心配している自分が、球場にいました。
作成日:2013年9月9日 屋根裏の労務士