「広島の旅」
美しい幻想的な島、宮島。
恒久の平和を願う街、広島。
戦艦大和を造った造船の街、呉。
多くの映画の舞台になった坂の街、尾道。
どの街も、独特の「情緒感」が溢れる街です。瀬戸内海の温かな「情緒感」です。どの街の人も、自分たちの街に、「誇り」を持っていて、「おもてなし」の心意気が、接していると伝わってくるのです。どこに行っても、親切に応対して頂き、楽しく街を散策することが出来ました。
広島には、これまで、度々、出張で行っています。これまで、世界遺産の原爆ドームは、訪れたことはありました。しかし、広島の街をゆっくりと、歩いたことは、ありませんでした。折角、遠方まで出かけても、仕事の時は、観光などは、なかなか出来ません。
これまで、広島に出張する度に、地理感が掴めずにいました。広島駅は、地上での通り抜けが出来ません。最初の地下通路の出口を間違えると、いきなり、道に迷ってしまいます。
今回、広島をかなり歩き込みました。広島の街を、かなり、理解して、全体を掴むことが出来るようになったと思います。広島が特徴的なのは、デルタ地帯になっていることです。太田川が分流していて、駅前周辺から繁華街までに、たくさんの橋が架かっていることです。
広島の名前の由来には、諸説あるようです。デルタ地形の街並みは、広島の名前の通り、まるで、「広い」、「島」の様に感じました。街は比較的に、きれいに区画されています。広島城を拠点とする、城下町の景観が、歩いていて直観的にわかります。
16世紀末、毛利輝元が築城を開始して、広島市を政治経済の中心地に、発展させる取り組みをしたのが始まりです。関ヶ原の合戦後には、福島正則が入城。広島城を完成させます。
江戸時代には、広島藩42万石の城下町として、藩主、浅野氏のもとで発展。浅野氏は12代にわたり、広島城主を勤めています。
太平洋戦争で、原子力爆弾の投下により、城下町は、壊滅的な状態になります。しかし、現在ある、きれいな区画は、恐らく、江戸時代から続く、街並みだと思います。
広島城から5分程、歩いたところに、「縮景園」という回遊式庭園があります。浅野氏が造った大名庭園です。東京の「小石川後楽園」と庭の趣が、似ていました。小さな庭園ですが、庭園美を上手く凝縮した庭園です。
現地の庭園案内のボランティアの方に、丁寧に説明して頂けました。私は、日本庭園が好きで、東京と京都の庭園は、かなり見込んでいます。
庭園が好きな方は、庭に対して、独特の審美眼を持っています。庭園談話で盛り上がり、庭園美をまた別の視点で、捉えることが出来ました。
旅をすると、日常を離れ、非日常を体験することが出来ます。いつもとは違う街、いつもとは違う人。この非日常を過ごすことにより、毎日過ごす「日常の大切さ」に気が付きます。
いつも、自分自身が、当たり前に受け止めていること。当たり前ではなく、大切なことだと気が付きます。そして、当たり前に受け止めていたことに感謝の気持ちが湧いてくるのです。
旅は、非日常を体験することだけでなく毎日を過ごす日常についても、何かを知り得るきっかけになると思うのです。
作成日:2014年5月12日 屋根裏の労務士