「怪物・江川の魅力」
講演者の名前は、江川 卓氏。ご存知の通り、元読売巨人軍のエース。江川さんは、聞き手を惹きつける、独特な雰囲気があります。ユーモラスな雰囲気と巧みな話術を身につけています。1時間15分の講演も、あっという間。
最初の掴みから、その展開、最後のまとめ。どこをとっても、「さすが、江川!」という、プロの講演でした。プレゼンテーションの勉強になりました。実りある、有意義な時間を過ごすことが出来ました。
そんな話が上手で、クレバーな江川さん。しかし、これまでに、公の場で、講演をしたことが、ほとんど無いそうです。今回も、ある意味、クローズされた、内輪の集まりでの講演。
あれだけの知名度がある人です。その気になれば、いくらでも講演依頼があると思います。しかし、江川さんが、積極的に講演をしないのは、『あのこと』があるからでしょう。江川さんの講演となれば、必ず、『あの話題』になるからだと思うのです。
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『空白の一日』
当時のドラフトでは、交渉権はドラフト会議の前々日まで。前日までとすると、天候や交通事情などで担当者がドラフトに出席できなくなる恐れがあるからだそうです。
当時、巨人側は、ドラフト前日について、江川は、どこにも交渉権のない自由の身であると解釈。江川の巨人入団を宣言。しかし、コミッショナーは、このことを認めません。そのことに対して、巨人は、ドラフトをボイコット。ドラフト当日、他球団も抗議の意味で、江川を指名。阪神が交渉権を獲得。
事態は泥沼化の様相。巨人はリーグを脱退して、新リーグの設立までの話が出てきます。コミッショナーは、苦慮した結果、強権発動で、阪神と契約し、すぐに巨人にトレードに出すように提案。
阪神は交渉が泥沼化して、長引くことを避け、そのとき巨人のエースだった、小林繁と交換することで合意。悪役の江川、悲劇のヒーロー小林。その後、江川さんは、ダーティーなイメージを生涯、十字架の様に、背負うことになります。
「空白の一日」の事件があったとき、私は、まだ小学2年生。当時、何が起きているのかも、よく分かっていなかったと思います。連日、テレビで取り上げられ、子供ながらにして、江川さんに対して、次の印象を持っていました。
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『江川というのは、卑怯な人間だ!』
アンチ巨人ファンだけでなく、巨人ファンの中ですら。たくさんいたと思います。江川さんのこと、良く思っていない人。
江川さんの現役生活は、通算9年。引退した年に13勝をあげながら、32歳で引退。江川さんが、引退した時、私は、高校2年生。その時も、メディアは、お騒がせ人として、ダーティーな印象で、報道していた記憶があります。
今回、初めて、近くで江川さんを見ることが出来ました。講演の出だしの時、江川さん、何か表情が硬かったです。そして、次のことを前提で、講演を始められました。
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『自分は、世間から、良く思われていないこと。』
当時、私も、子供ながらにして江川さんに対して、好印象は、持っていませんでした。その後、ドラフトで、何かドラマがある度に、何らかの形で報じられる、江川さんの『空白の一日』の事件。
あの事件も、自分が歳を積み重ねていく度に、捉え方も、変わってくるものです。最近は、次の様に、捉えています。
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『周囲の大人が、引き起こした事件』
江川さんも、それに乗ったのは、間違いのない事実。しかし、野球協定の隙をつくようなこと。考えたのは、間違いなく、周囲の『大人』でしょう。
成人をむかえているとは言っても。大学を卒業したばかりの人。まだ、現実の社会と向かい合った経験がありません。矛盾に溢れた、厳しい現実の社会を・・・。
その意味では、大学生は、まだ、「子供」に近いと思います。毎年、大卒で入社してくる新入社員の方を見かける度に、フレッシュな雰囲気の中に、精神的な若さを感じるからです。
豪快な投球や風貌から、高校生の時から、「怪物」と言われた江川さん。しかし、江川さんの精神性や心までも、「怪物」だったとは、思えないのです。
当時、次から次へと、降りかかる様に、周囲を巻き込み、あんな展開になっていくなんて・・・。
江川さん自身、思っていなかったと思います。
誠に、人生とは、色々とあります。想定外のこと、起こるものです。そして、一度、何かが、動き出すと、もう、引き戻れなくなるのです。それが、人生でしょう。
江川さん、講演で、一切、言わないのです。
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『言い訳』、『愚痴』、なにより『後悔』を・・・。
『もしも、あの時に、クラウンライターに入団していたら・・・』
『もしも、あの時に、すんなり、ドラフト1位で巨人に入団が出来ていたら・・・』
しかし、『人生に、もしもは、ありません。』
あるのは、今ある、「現実」だけ。
人生の判断、選択とは、都度、その場その場での判断であり、選択なのです。先のことなど、誰にも、分からないからです。大切なのは、次のことです。
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起きたことに対して、結果論で後悔するのではなく、
起きた現実に対して、いかに、向かい合って、対処していくか。
江川さん、しかと、「現実」を受けとめて、「現実」を受け容れて、生きているのが、伝わってきました。
散々、騒動を起こして、憧れの巨人に入団。そこで、待っていた現実。消えない、ダーティーな印象。どんなに圧倒的な成績を残しても、人間性や人格を否定され、沢村賞に選出されない現実。しかし、その現実に対して、受けとめて、受け容れて、生きているのです。
そんな、江川さんの講演。その意味においては、どこか、潔さがありました。何か、清々しさが、伝わってくるのです。講演が終わった後に、贈られた、会場からの拍手。講演を聴いた人に、何か、清々しい気持ちを与えたからだと思うのです。
騒動の渦中の中に身を置き、厳しい現実の中で、力強く、前向きに、生きていく姿勢。誰か他人や状況のせいにするのではなく、「自分が蒔いた種」として、受けとめて、生きていく姿勢。
それこそが、「怪物・江川」が、流石と思われるところであり、何よりの魅力だと思うのです。
作成日:2014年9月16日 屋根裏の労務士