「楽しくなるスイッチ」
最初に再会した時に、皆が自然と発する、握手。
- □
握手、握手、握手。
お互いに、言葉にならないのです。何か、考えていたわけでもないのに・・・。再会をしたら、お互いに名前を呼びあいながら、自然に手を出し合って、握手。待ち合わせ場所のお店に、ひとりひとり現れる度に、体から沸きあがる様な感激。
- □
感激、感動、そして、感謝・・・。
体から溢れるような感謝・・・。
今回の集まりが決まってから、みんな会えることを、毎日楽しみにしていたそうです。ワクワク感の中で、忙しい年末を過ごしていたそうです。
旧友に大勢で再会すると、時空を超えて「タイムトリップ」した様な感覚になります。見た目は、おじさんですが、気持ちは子供の頃に、戻った様な感覚になるのです。この「タイムトリップ」した様な感覚が旧友で集まる醍醐味なのでしょう。
私は、3人の兄弟姉妹です。2歳上に姉、2歳下に妹がいます。二人の女性姉妹に挟まれる形で、真ん中で育ちました。私は、幼少期の頃、とにかく女の子に間違われることが多く、コンプレックスになっていました。
実は、私は、昔から女性の集まり中に、男一人で混じっていても、余り違和感はありません。当社のクライアントの中には、女性の担当者も少なくありません。多分、自分が二人の女性姉妹に挟まれて育った環境が影響しているのだと思います。
女性姉妹に挟まれて育ち、いつも女性の中にいるのが日常でした。姉と妹の友達が、日常的によく家に遊びに来ていて、一緒に遊んだり、食事をしたり、話をしたりしていたのです。私の家は、いつも、女性パワーで包まれている雰囲気なのです。そのため、昔から、男同士の友達との付き合いは、私には、非日常を感じる特別な想いがありました。
私は小学1年から中学2年くらいまで、週末の大半は、親友の家で過ごして育ちました。土曜日に泊まりに行き、いつも宴の様な騒ぎをして一夜を過ごしていたのです。長期の休みには、3日、4日連泊していることも珍しくありません。
親友は3人兄弟の長男。姉と妹の女性二人の兄弟姉妹の私とは、対照的に男三人の兄弟。親友の弟二人も、私と非常に仲が良く、まるで、私の弟の様でした。いつも、私が泊りに来るのを楽しみにしてくれていました。
今でも弟の一人とは、連絡を取り合い、付き合いがあります。今でも、私の弟です。今回の再会でも、途中からいきなり呼びだして、合流。本人も、集まりがあることを聞いてから、お呼びがかかること。ずっと心待ちにしていたそうです。
しかも、私が泊りに行ったのは、親友の家だけではありません。遠方の親戚の家まで、一緒に付いていき、しばらく泊まっていたこともありました。家族ぐるみの付き合いだったので、親友も、私の家族と一緒に、旅行に行ったりもしていました。
親友の家は大きくて、PTAの会長。ご両親とも学校や地域のちょっとした有名人。しかも、かなり、おおらかで開放的な性格。降りそそぐ南国の日差しの様に明るいのです。何かいるだけでその場の雰囲気がぱっと明るくなるようなオーラなのです。さらに、友達に泊りに来て頂いているという、おもてなしの雰囲気なのです。
中学生になると、いつも4人から5人ぐらいの友達が、一度に泊りに行き、毎回、宴の様な騒ぎをしていました。学年に10人ぐらい、学校のコアになるような友達がいて、交代で泊りに行っていたのです。一人一人が学年選抜されたような、独特なキャラをしているのです。
秘密の話をしたり、お祭り騒ぎをしたりです。毎回、毎回、みんなで腹を抱えて笑う瞬間の連続。学年で通算して20人くらいの友達が、泊りに行って宴の様に楽しい一夜を過ごしたと思います。
また、時として、お互いが抱えている悩みや苦しみ。子供ながらに共有して、乗り越えていくこともありました。お互いの苦しみや痛みを感じとり、何も語らずに、ただ、そこに寄り添うだけのこともありました。そして、寄り添ってもらうこともありました。
どうにもならない、闇の様な悩みや苦しみ。子供でもあるものです。というより、何も分からない、そして、何も出来ない子供だから、闇の様な気持ちがあるとも言えます。
友達同士が一夜を過ごし大騒ぎする様なこと。通常であれば、修学旅行や合宿の時ぐらいだと思います。ところが、私たちの場合、幼少期から日常的にあったのです。
今の私の人間関係をつくり、人の相談を受ける能力のベース。この頃の経験が大きく影響していることは間違いありません。
友達同士、いつも楽しく過ごしていました。友達同士の絆。より強いものでした。それでも、卒業をして、成人を迎え、社会人になれば、それぞれの人生があります。そして、それぞれの新しい出逢いがあります。何か、「きっかけ」が無ければ、みんなで集まることなどは、中々できません。
昨年、友達の一人が郷里に戻り、起業をしました。開業挨拶のハガキを頂きました。友達が開業出来たことに、何だか嬉しくなり、すぐにお祝いの電話。その後、連絡を取り合い、今回のみんなでの再会に繋がったのです。
友達が郷里に戻ったこと。郷里が、温かく向かい容れる場を持ちたかったのです。
実は、今回、私が無理をして会う機会をもったのは、友人が郷里に戻ったからだけではありません。今年のカレンダーの並びが、旧友が集まるのに、最適な曜日が重なったのです。今年のお正月は、1月3日が土曜日、そして、1月4日が日曜日で休みです。
1月1日の元旦は、家族で過ごすものです。1月2日は、兄弟や親戚の集まりや毎年恒例の集まりなどがあるものです。通常、正月休みは3日まで。3日の日には、Uターンラッシュで、東京などに戻ることになります。
今年の様に1月4日が休みになる様なカレンダーの並び。5年後の2020年まで無いのです。ちなみに2020年は1月5日まで休みになるので、1月3日は家族で旅行などに行くことも予想されます。その5年後の2025年も1月5日まで休みとなります。
今回の様に、皆の時間が空いており、郷里にいる可能性の高い、4日までの休みの並びになるのは、11年後の2026年まで無いのです。今回のタイミングを逃すと、もう二度とみんなで会うことが出来ないかもしれないと思ったのです。
東京にいても、地元にいても、普段は、中々、旧友と合うことは出来ないものです。誰もが、生きていくために必要な日常を抱えているからです。それでも、また、いつか旧友と集まり、子供の頃に戻る、「タイムトリップ」をしたいです。見た目は、もう、おじさんの姿ですが・・・。
みんなが集まったときのワクワク感。
終始笑顔あふれる楽しい雰囲気。
嬉しそうな子供のような笑顔。
みんな人生いろいろあり大変なのに、みんなで集まると、太陽の様に明るいのです。みんなで集まると、「楽しくなるスイッチ」が入り、何だか全身から沸きあがる様に、「楽しいオーラ」が出てくるのです。その場にいるだけで、みんな嬉しそうな笑顔になります。みんなで腹をかかえて笑う場の雰囲気の連続になるのです。
今回、18時から始まった一次会の5時間。瞬く間に終わりました。当たり前の様に、2次会、3次会に突入。それでも、まだまだ、話し足りなかったという感想。後日、メールで頂きました。この溢れるような楽しさ。楽しい気持ちが残る中で、後日、その楽しさを参加できなかった友達に伝えたりしたと聞いています。次回の開催も楽しみにしている様です。
折角、みんなで再会できて、こんなに楽しいのだから、次は今年のお盆の帰省のときに集まろうという話も出てきました。生徒会の副会長だった友人からは、学校規模で同窓会の開催案まで出てきました。
しかし、次は、いつ会えるかは、わかりません。これまで現実に30年近くも会えていなかった人もいるのですから。もう、二度と会うことができないかもしれません。人の出会いは、一期一会です。それでも、「お互いに会いたいという想い」があれば、再会することができるということも、今回、分かりました。
- □
今回、参加出来なかった友達。
今回、繋がれなかった友達。
次回、開催するときに繋がれたら、是非、参加して下さい。
みんなも、再会できることを、心待ちしています。
みんなと久しぶりに会ってから、1ヵ月が過ぎ去ります。何だか、みんなで集まったあの雰囲気を思い返すだけで、楽しい気分になれるのです。自分の中にある、「楽しくなるスイッチ」が入り、何だか全身から沸きあがる様に、「楽しいオーラ」が出てくるのです。
- □
「楽しくなるスイッチ」、人にはあるのだと思います。
多分、私たちはそうやって子供の頃、日々過ごせてきたのだと思います。だから、みんなもお互いに友達に対して、溢れるような感謝の気持ちで、いっぱいなのです。普段は会うことが出来なくとも・・・。
「みんな、集まってくれて、ありがとう!」
「みんな、友達になれたこと、ありがとう!」
作成日:2015年2月2日 屋根裏の労務士