「現実を受け止め、受け容れる難しさ」
彼は、半年前に、再就職支援会社で、退職後の社会保険をテーマにした、小生のセミナーを受講した方です。そして、セミナー受講後、個別の相談を受けた方です。リーマン・ショックのときに、クライアントを通じて知り合った再就職支援会社から、講師の依頼があり、その仕事を通じて知り合ったのです。
通常、セミナー後の相談であれば、そのセミナーのテーマについて、質問をしてくるものです。ところが、失業をしている方ですから、先行きは不透明で、毎日を過ごす不安感は大きく、再就職に関する個別的なご相談。どうしても、出てきてしまうものです。
私は、企業としか取引をしていません。そのため、クライアントの従業員からの直接のご相談。会社のこと、個人的なことを問わず、一切、ご対応はしていません。クライアントだけではなく、個人の方について、ご相談を、一切、受けていません。
意外かもしれませんが、実を言うと、親戚や友達であっても、基本的には、社会保険のことなどを含め、労務の相談は受けていません。更に、プライベートでは、仕事のことは、守秘義務のこともあり、極力、話題にしない様にしています。
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相談を受けて、アドバイスをするということ。
簡単なことではないからです。
簡単に、見て欲しい。簡単に、やって欲しい。上記の様なことを、簡単に、口にする人もいますが簡単に、人の相談をすることは出来ないのです。
特に、私の場合、単なる制度や法理の説明に留まることにならないのです。場合によっては、闇の様な悩みを告白され、その事実を共有して、対峙することもあるからです。一度、関わってしまえば、いつも、あれこれ気を病み、膨大な心労を、伴うことになるものです。相談とは、心労が伴うものなのです。
私は、何か、私的な集まりの場などでも、自分の職業は基本的に明かしません。コンサルタントや先生だと分かってしまうと、あれこれ、相談を受けてしまうからです。
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多分、人とは、自分の痛み。
誰かに理解して欲しいものなのでしょう。
多分、人とは、自分の苦しみ。
誰かと共有したいものなのでしょう。
個人のマンパワーには、限界があります。冷たいかもしれませんが、安易に関わってはいけないとも戒めています。現実的に、助けたくとも、助けられないこと。人生には多いものだと思います。
最近の若い方は、企業の面接などで、ボランティアや社会貢献のような大きな目標。話す人が多い傾向にあります。私は、そんな大きな目標以前に、自分の能力では、日々、仕事でクライアントを助けるだけで、正直、精一杯です。
セミナーの資料には、小生の会社名を入れていませんでした。個別相談の際に、名刺も渡していません。それでも、インターネットからホームページを検索した様で相談したい旨の問い合わせがありました。
事情を聴いていると、今の自分の状況や境遇について、どうしても気持ちの整理が出来ずに、日々複雑な気持ちで、上手く、前に進むことが出来ないというのです。
私と直接個別に話ができて、少し相談に乗って頂いたら、頭と気持ちの整理が出来てきて、何か前向きになれそうだというのです。そこで、仕事ではなく、個人的に、外でお会いすることにしました。
彼は、不運にも、リーマン・ショックが起きた翌年に大学4年の就職活動にあたってしまい、大変厳しい就活を迎えることになってしまったそうです。ご存知の通り、リーマン・ショックが起きたのは、2008年9月です。日本経済に影響が出て、大幅な景気後退をしたのは、その翌年です。
あの100年に一度と言われた大不況から、6年近い月日が経ちます。今でも、当時のことをトラウマの様になっている経営者。少なく無いと思います。
当時、彼は、大手出版社を中心に、マスコミを第一希望にして、就職活動をしていたそうです。しかし、結果、どこの企業からも内定をとることが出来なかったそうです。散々迷った挙句、留年して再度2年目の就活。2年目は、マスコミだけではなく、大企業を中心に他の業界にも視野を拡げて、就活をしたそうです。
しかし、2年目も就活の厳しさは変わらず。マスコミだけでなく、大企業もすべて落ちてしまい、何とか、無名の中小企業に、就職がやっと決まったそうです。しかし、実際に就職をして、毎日を過ごしていても、どこか気持ちが、いつも晴れなかったそうです。何か、ガッカリ感とションボリ感が抜けなかったそうです。
そんな気持ちの中、会社や周囲に馴染むこと。中々、出来なかった様です。それでも仕事はこなしていたそうですが、モチベーションはあがらず。
上司との人間関係がスムーズにいかなくなり、注意や指導を超えたパワハラを日常的に受けるようになり、プライドをズタズタにされて、心に傷を負ったそうです。入社した会社が日に日に嫌いになり、就職活動を後悔し、不況下に就活する破目になった巡りあわせに、納得が出来ない気持ちになってしまったそうです。
そして、曇天の気持ちで毎日が過ぎ去り、気が付けば、会社からポジションが無い旨を告げられ、退職勧奨を受け、希望退職制度に申し込むことになってしまった様です。
子供の頃から、成績優秀。誰もが認める一流国立大学に合格。大学中もボランティアに参加したり、真面目に学業に励んでいたそうです。
それが、たまたま、就職氷河期にあたってしまったため、希望する業界どころか、普通に入社出来ると最低限思っていた企業にも入社できず。出身校の先輩で、自営でもないのに中小企業に就職する人。身近で聞いたことも無いと言っていました。それが自分自身に起こったというのです。
リーマン・ショックが起きたときの就活。有名国立大学でも、就職が出来ない人。クラスにいたそうです。2009年の有効求人倍率は、0.47倍。現在の半分にも満たない数字。厳しい就活を強いられたのです。
私は、彼から、直接、この話を聴いたとき、色々なことを理解が出来た様な気がしました。
まず、中小企業のクライアントで、有名大学出身者のプロパー社員が、余り活躍が出来ていない理由。中小企業のクライアントには、新卒採用を中心としている企業で、意外と、有名大学出身者に泣かされること。少なくありません。
折角、有名大学出身者の人を新卒で採用出来ても、幹部候補生どころか、まともに育たないで、リストラ候補生となり、そのうち、問題社員となってしまうケース。少なく無いのです。
多分、彼と同様に、有名企業ではなく、無名の中小企業に就職したという現実。気持を整理して、きちんと受け容れること。出来ていないのです。就職した会社を受け容れて、会社と自分に誇りを持つことが出来なければ、生涯、曇天のモチベーションにしかならないと思います。
正直、どんなに能力が高い人でも、曇天のモチベーションで、一流の一人前に技術と人格を高めて、成長することは無いと思います。捉え方を変えれば、モチベーションが高ければ、一流の一人前に技術と人格を高めて、成長することが出来るのです。
人生、挫折を知らないエリートが、一度、失敗をして挫折を味わい、心が折れると中々立ち直ることが出来ないとは、よく聞きますが、何か、分かった気がしました。私は、彼に、順番に、色々とアドバイスをしました。最初にアドバイスしたことは次のことです。
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人間とは、起きてしまった現実に対して、
すぐに、自分自身に、受け容れること。
出来ないということ。
人間とは、誰もが、そんなに強くありません。だから、現実を認めて、現実を受け容れること。簡単には出来ないのです。自分以外の他者である相手を納得させ、事実を認めさせ、現実を受け容れさせることが難しい様に。実は、自分で自分の事実を見つめて、その現実を認めて、受け容れること。大変、難しいことなのです。
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人間とは、他者に対して、嘘をつくだけではなく、
実は、自分に対してだって、嘘をつくものです。
そして、そんな嘘が、自我を支える上で、自分で自分を乗り越えていくときに必要な時もあるのです。他人から見たら、小さなつまらないことに思えても、本人にしてみたら、重大でデリケートなこと。生きていく中で、たくさんあると思います。
だから、現実を上手く受け入れることが、出来なかったり、何か複雑な気持ちになること。むしろ、人が、生きていくうえで、当然に起こり得る人間の感情だと思うのです。
しかし、曇天のモチベーションで、死んだ木の様になっていれば、自分自身がつまらないだけでなく、実は、周囲の士気も下げて周囲に迷惑をかけている状態なのです。だから、曇天の気持ちでも、大人のマナーとして、自分の気持ちに嘘をつき、快晴の気持ちに切り替える努力も必要なことなのです。
どこかで、自分の気持ちに決着をつけていかなければ、上手く前に進んでいくことが出来ません。充実した人生を過ごしている方というのは、思い描いたような人生を生きている人ではなく、自分の気持ちに上手く決着をつけて生きている人だと思うのです。すべて思い描いたような人生を生きている人。現実的にいないような気がします。
実は、人生とは、いたるところに、青山があるのです。その青山に対して、曇天な気持ちでは、中々、気が付かないのです。生きることは苦行かもしれません。しかし、その一方で、毎日、楽しいことや嬉しいこと。実は、結構、あるものだと思います。
理由もなく不安な気持ちに襲われることもあれば、理由もないのに楽しい気分になることも多いような気がします。何だか私の周りの人は、大変な状況なのに、嬉しそうな顔をしている人が多いのです。
失業中の状態。不安定の気持ちの中で、色々とアドバイスを受けて、気持と頭を整理する動機づけになったそうです。
すべてとはいかない様ですが、現実を受け止めていくこと。徐々に出来てきているそうです。理由もなしに何だか楽しい気持ちになっている状態が増えてきたそうです。就職も出来て、人生の当面の目標も出来てきたそうです。中小企業に就職したそうですが、以前のように、曇天の心持ちではなく、何かモチベーションが出てきているそうです。
いつか、起業できるところまで、自分自身を高めていきたいと言っていました。彼から、最後に、下記のような質問がありました。
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「また、会ってもらえますか?」
私は、即答しました。
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「ここで、お別れです。」
「もしも、次に会うとすれば、優良企業の経営者として、私に、顧問契約を依頼するときです。」
「私は、個人の方のご相談には、対応していません。」
彼は、嬉しそうに笑って別れてくれました。人生、イロイロあります。新しいスタート、活躍期待しています。
作成日:2015年4月20日 屋根裏の労務士