「山は、仕事と同じように・・・」
6連休を利用して、5泊6日の旅をしてきました。今回、旅をしたのは、北陸地方です。富山県と石川県を中心に、岐阜県も一部、訪れてきました。
今回の旅は、宿の予約だけは3ヶ月前にしていました。しかし、3ヶ月の期間がありながら、事前に、旅の準備や下調べ。ほとんどすることが出来ませんでした。前日になり、大雑把なスケジュールだけを立てて、現地では、都度、調べながらの旅になりました。
今回の旅の一番の楽しみであり、旅のメインは北アルプスの立山の一人旅です。旅の初日に、富山市から立山に入りました。今回、友人や周囲の方に、ゴールデンウィークに、北アルプスの立山に行くと話したら、ある方から、下記の様なことを言われました。
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「冬山に挑戦するのですね!」
私は、笑いながら、次のように応えました。
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「挑戦なんかしませんよ。」
「楽しんでくるだけです。」
立山アルペンルートは、観光化されています。立山駅からケーブルカーや高速バスを乗り継いで、1時間30分もあれば、標高2450メートルの室堂まで行けるのです。室堂で春山のトレッキングを楽しんで、室堂のバスターミナルから、1キロ程度先にある山荘に一泊。
ガイドブックを見ていたら、春の立山は、新緑と雪山の景色を楽しめると書いてありました。20メートルもの高さにもなる雪の壁。「雪の大谷」の大迫力も体感できるベストシーズン。
トレッキングをするので、旅をする1週間前に登山シューズなども買い揃えました。登山用品の店員から、春の立山に行くにあたり、登山の準備について、あれこれ教えて頂き、各種登山用品を購入することになりました。私は、登山用品の説明を受けながら、店員との山に対する会話の温度差を強く感じて、下記のことを何度も何度も伝えました。
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「私は、剣岳のような危険な山の登山はしません。」
「室堂のターミナルから1キロ程度先の山荘に泊まり、
少しトレッキングをして、湖畔の周辺を散策するだけです。」
「店員の方が勧めるような登山用品は必要ではないのではないか?」と、聞き返したのです。
「冬山」に行くのではなく、『春山』に行くと伝えたのです。
店員の方は、ゴールデンウィークの時期に、立山を片道1キロ程度も歩くのであれば十分な準備をしていった方が良いと説明を受けたのです。店員とのやりとりに、何か違和感があったので、富山出身の友人に電話をして相談をしたら次の様なアドバイスを頂きました。
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「ゴールデンウィークの時期に、立山の初心者が引率者もいないのに、
ホテル立山以外の宿屋に泊るのは危険!」
「冬山を舐めない方が良い!」
「アルプスの初心者には、春山と秋山はない!」
「初心者にあるのは、夏山と冬山だけ!」
「佐々木は、仕事以外のことは、
少し舐めているところがあるので、
山をあまり舐めてかからない方が良い!」
「山には、仕事と同じように、緊張感をもって、
真剣に臨んだ方が良い!」
私は、友人からのアドバイスが、今一つ、理解が出来ませんでした。私は、山を『舐めている』のでなく、山を「楽しんでくる」のです。それに、普段、仕事で『緊張感』があり、気が張っているから長期の休みのときぐらいは、気を抜いて「リラックス」してくるのです。それに、「冬山」に行くのではなく、『春山』に行くのです。
友人は、事前に言ってくれれば、帰省に併せて、立山や富山の見所を一緒に案内するので、今回は、初日の立山の一人旅はキャンセルしてはどうかとも言ってくれました。しかし、私は、もう、立山に行く気がマンマン。ワクワクモードになっていたのです。
しかし、結局、最後まで余り準備や下調べが出来ないまま旅の前日をむかえました。更に、明日の天気は富山の降水確率は80%の予報。標高2450メートルでの荒れた天気模様。さすがに心配になり、立山の観光協会に相談の電話をしました。しかし、何度、電話をかけても、話し中の状態で繋がりません。そこで、宿泊する宿屋に電話をして相談。
宿屋の人からは、リアルタイムの貴重な情報を頂けました。
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現在、立山は、冬の北海道の豪雪地帯の様な雪が降っていること。
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明日は、ケーブルカーや高速バスが動かない可能性があるということ。
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それでも、キャンセルは、ほとんど出ていないので、
多くの方が訪れる予定であること。 - □
天気が良ければ、ターミナルから山荘までは20分程度で行けること。
私は、下記の相談をしました。
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「雪山を知らない初心者が行くのは、
やめた方が良いでしょうか?」
それに対して、次のようなありがたい返答を頂けました。
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「冬山は本当に美しく、すばらしいです。」
「楽しみにしていたと思います。」
「ケーブルカーが動いていれば、是非、来て下さい。」
「ターミナルでは携帯が使えます。」
「着いてみて、無理そうであれば、
電話を頂ければ、私が迎えに行きますよ。」
「できるだけ早い時間に、室堂に来て下さい。」
「他の宿泊客は、佐々木様以外は、
ベテランの登山愛好者や登山サークルの方々。」
「初めてお泊りになるのは、佐々木様だけですので、
お迎えにあがります。」
私は、その言葉に勇気づけられました。心配・不安モードから、一気に安心・ワクワクモードに。気持のギアが入るように、モチベーションが上がりました。
当日は、天気予報は外れ、曇天でしたが、雨は降っていませんでした。終始ワクワクモードで、ゴールデンウィークにも関わらず、立山のケーブルカーは、待ち時間なしで空いていました。立山から1時間半程度で室堂のバスターミナルに着きました。ちなみに、天気が良い場合、立山のケーブルカーは、ゴールデンウィークは2時間待ち程度の大混雑だそうです。
ターミナルから、「雪の大谷」は直結しており、大迫力の「雪の大谷」を見ることが出来ました。ターミナルの上層階がホテル立山になっており、ホテル立山に宿泊が出来れば、全く登山をしない状態で標高2450メートルの高所まで行き、宿泊することが出来ます。しかし、ホテル立山は、ゴールデンウィーク期間中は、大手の旅行会社が、ほとんど押さえてしまうので、個人では予約は難しい様です。
ターミナルの雰囲気を楽しんでいたら、トレッキングツアーの案内がありました。折角なので参加しよいと思って、受付の人から内容を確認。トレッキングツアーの内容は、ターミナルから30分のトレッキング。もちろん、有料です。私が、宿泊する山荘の近くまで行き、周囲を一周して帰ってくるという内容。
私は、その程度の内容であれば、トレッキングツアーの引率者に頼らなくても自分の力だけで、十二分に楽しめると思って、ツアーには申込みをしませんでした。雪は少し降っていましたが、ターミナルの外に人は歩いているし、辺り一面の銀世界で視界も良好。
宿屋の方から前日に、親切なお心遣いを頂き、安心・ワクワクモードで、室堂まで来ることができました。しかし、親切なお心遣いに甘えて、わざわざ、宿屋の方に、迎えに来て頂かなくても問題ないと思ったのです。というより、ご年輩の方も多くいて、この程度のことで、わざわざ引率者に迎えに来て頂くのは、何だか恥ずかしいとも思ったのです。
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しかし、そんな慢心は、すぐに毛ほどもなくなります。
凍りつくような気持ちになり、全身全霊の本気モードになること。
その時は、まだ、分かっていません。
ターミナルを出発して、10分ぐらいまでは、パラパラと雪が降っていましたが、まだらに人の姿もあり、順調にトレッキングを楽しんでいました。しかし、急に凍てつくような冷たい風が吹き出します。顔に雪があたり、チクチクと痛い。吹雪になり、視界も悪くなってきました。
吹雪が強くなり、空の白と地形の白が同じに見えてきました。空と地の区別が、白一色で分からなくなり、空間感覚、方向感覚が無くなってしまいました。周囲に人の姿や気配も全く感じなくなりました。私は、若しかしたら、これが、あの状態ではないかと気が付きます。
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ホワイトアウト
ホワイトアウトの状態に陥ると、錯覚を起こしてしまい、雪原と雲が一続きに見えてきます。太陽がどこにあるのか判別できなくなり、天地の識別が困難になり、方向や高度、地形の把握が困難になるため、遭難の原因となります。
ホワイトアウトをしてしまい、山小屋や自宅のすぐ近くで、遭難して死亡してしまうことがあり、雪国で暮らす人が慣れた土地でも、ホワイトアウトは危ないと聞きます。白い闇に包まれてしまいました。そして、心の底の方から、沸きおこってくる、ある感情。
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焦り
焦ってくる心理状態になると、焦りの気持ちを払拭させるために、余り考えずに、とりあえず、何か動きたくなってきます。冷静になり、じっと待機していることが難しい心理状態に陥るのです。
自分が冷静でない心理状態のときに、下した判断。
自分が焦っている心理状態のときに、下した判断。
得てして、人は判断を間違えたり、失敗したりすることが多いものです。そもそも冷静でない時や焦っている時にとってしまった行動。判断を下したというより、マイナスの感情の状態で、何となく、動いてしまっているだけなのです。
ホワイトアウトした状態で、その場にじっと留まっているのは、意外と難しいことだとも、今回、身を持って分かりました。着た道をすぐに引き返そうとも考えました。ターミナルに戻り、宿に連絡を入れて、引率者に迎えに着て頂こうと考えたのです。
しかし、自分の来た雪道の跡も、吹雪で全く無くなっていました。強い吹雪のため、歩いたそばから、足跡が雪で消えてしまうのです。空間がすべて白の世界になり、自分が歩いてきた道ですら、方向感覚が分からない状態なのです。
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焦って、動こうとする自分。
それを抑えるように、その場に留めさせるもう一人の冷静な自分。
吹雪が止み、視界が良くなるまで、もう一人の冷静な自分が動かせないで、じっとその場に留まらせ、我慢させていました。そして、自分で自分を励まし出します。
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『頑張れ!頑張れ!』と。
しかし、冷静な自分が、制止します。
ダメ、ダメ、ダメ、ダメ。
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最初に、『頑張れ!』はダメだと。
最初に、『頑張れ!』は、実は、自分が弱っている証拠。
『頑張れ!』は、思考を放棄した状態。
『頑張れ!』は、最後の最後の状態。
追いこまれたとき、先が見えない状況のとき。『頑張れ!』の精神論はダメ。『頑張れ!』は、「方法論」の後に、出てくる言葉。
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『頑張れ!』は、掛け声の様なもの。
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『頑張れ!』は、祈りの様なもの。
ピンチの時には、まずは、思考を戻して、「方法論」で行かないとダメ。
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自分で自分に、具体的な指示を出さないとダメ。
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自分で自分に、アドバイスを出さないとダメ。
「方法論」を見つけはじめた自分。徐々に考えることが出来てくると、気持が落ち着いてきます。段々、焦る気持ちの弱い自分がいなくなります。冷静になってくると、今置かれている状況分析が出来てきます。私は、思考を整理して、次の様に考え、焦る気持ちを落ち着かせました。
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まず、まだまだ体力は十分にあるので、
長期戦を行うことが可能であること。 - □
まだ、遅い時間帯ではないので、ターミナルから山荘に向かう人。
山荘からターミナルに向かう人。必ず、いるはずという信念。 - □
その人は、山のベテランの可能性が高く、一緒に着いていけば、
必ず、人がいる場所まで戻れるという確信。
自分の中で、思考がまとまり、とるべき方向性をつけ、自分に指示やアドバイスを出せると、焦る気持ちや不安な気持を払拭させて、置かれている現実と向き合うことが出来ます。
ワクワクモードの状態に気持ちのギアを入れ替えて、現実と対峙していくことが出来るのです。心の気圧を上げて、襲い掛かってくる感情。自分に纏わりついてくる、焦り、不安、何より恐怖を。何とか振り払うことが出来ている自分。
しかし、またまた、予想外の展開になります。体力が十分にあると思っていたのに、身体が急に重くなり、息があがっているのです。更に、頭がクラクラして、頭が痛くなってきたのです。
標高2450メートルの高地。低酸素状態で空気が薄いため、高地に慣れていない初心者には、その場にいるだけでも、体力が消耗してしまうのです。更に、ホワイトアウトした状況の中で、心労が伴った状態。
頭がクラクラして、頭が痛くなってきたこと。高山病になってしまう不安。若しかしたら、既に高山病になってしまっているのではないかという不安。そんな不安も襲ってきます。
早く、今の状況を打開しなければ、そのうち、体力、気力とも萎えてしまうと考えたりしてしまいます。そんなことを考えはじめると、途端に、焦り、不安、恐怖の悪魔に、心の状態が乗っ取られ、その悪魔に自分の心が、支配されてしまいます。
時計を見て時間を確認。あれこれ、思考を巡らせていたので30分ぐらい留まっていたと思っていたのに、まだ、ホワイトアウトしてから、5分程度しか経過していないのです。
ホワイトアウトしている間、口をとがらせて、呼吸をしながら、体力の回復に集中させていました。長く辛い時間を、じっと我慢。20分その場に留まっていたら、吹雪が止み、ホワイトアウトの状況を脱しました。
しかし、視界の中に、他の人の姿はありません。更に、目的地も見えていません。ホワイトアウトしていた20分の時間は2時間近い時間に感じられました。
今居る地点は、山荘に向かうのもターミナルに引き返すのも同じぐらいの距離にいると判断。直感的に、山荘を目指すことを決めて、すぐに歩きだしました。また、雪の山道を上がったり、下がったりです。意識的に呼吸をしながら5分程歩いたら、また、吹雪が強くなり、再び、ホワイトアウトに陥ってしまいます。
白い闇の中でも、今度は、前回よりも冷静な心理状態。ホワイトアウトの状況を、落ち着いて一つ一つ対処することが出来ました。動かないでその場に留まり、腹式呼吸をします。体力の消耗を防ぎ、吹雪がおさまり、ホワイトアウトが終わるのを静かに、動かず、じっと我慢。
ホワイトアウトした状態でじっと留まりながら、これまでの周囲の方の発言などが意味すること。しみじみと分かってきました。
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「冬山に挑戦するのですね!」という知人の発言。
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「十分な準備をしていった方が良い!」という店員の発言。
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「冬山を舐めない方が良い!」という友人の発言。
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そもそも、現地には、「30分のトレッキングツアー」という商売まであること。
何より、立山を知る誰もが、ゴールデンウィーク中の立山を、『春山』ではなく、「冬山」と表現していたこと。気が付いたのです。友人が次のことを話していたのが、しみじみと分かりました。
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「アルプスの初心者には、春山と秋山はない!」
「初心者にあるのは、夏山と冬山だけ!」
ホワイトアウトをした状況の中で、今更ながら、自分が『春山』ではなく、「冬山」に来ていることを痛感。今更ながら、自分が標高2450メートルの危険な「冬山」に来ていることを痛感。
その後も、ホワイトアウトした状況の中で、吹雪がおそろしい音をあげて吹く度に、沸きあがるように出てくる、焦り、不安、恐怖の感情との格闘。自分を襲ってくる様々な弱い自分と対峙しながら。様々な思考を巡らせて、意識を集中。全身全霊で雪山と向かい合います。
雪山に一人。周囲に誰も人が見えない状況。若しかしたら、自分は道から外れてしまっていたり、道を間違えて、迷ってしまっているのではないかという不安。そんな不安な感情も起きてきます。
それでも、自分を信じながら・・・。
自分が進んできた道を信じながら・・・。
一歩一歩、雪山の山道を上がったり下ったり。空気の薄い、雪山の道を、ノロノロと、一人、歩きます。ハァーハァーと、息があがりながら。「頑張れ!頑張れ!」と、掛け声を出して、心の中で祈り、自分を励ましながら。
山荘が見えたときは、嬉しかったです。本当に嬉しかったです。体中から、元気が沸いてきました。
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目標が見えている状況。
目標が見えていない状況。
進んで行くのに、こんなに精神的に違うものかと感じたりもしていました。精神的に楽になると、肉体の方も元気になります。精神と肉体が連動していることも、改めて、分かりました。
何とか無事に山荘まで到着。山荘の中に入り、ベンチに一人。しばらく、何も考えずにうずくまるように座っていました。山荘の人には、冷静を装いながら・・・。
結局、歩いた時間、ホワイトアウトして留まっていた時間。通算時間にしたら、僅か1時間程度。
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1時間程度の短い時間でしたが、
言葉では表現できない程、貴重な体験になりました。
目的地も見えずに、誰も見えない中で、
空気が薄く、頭がクラクラする状態で、
一人、ホワイトアウトした状況との格闘。
そんな状況下での、
弱い自分との心理戦。
非常に、勉強になりました。
次の日は、快晴で、すばらしい立山連峰のパノラマを体感。空気の薄い高地にも、体がだいぶ適応していました。自分の精神面でも、山に対して、甘さが無くなっていました。
何事も無事に終われば、良い経験であり、良い思い出。人というのは、目的を達成して、ワカッテしまえば、そのことを甘く考えてしまい、たいしたことではなかったと思ったりもしてしまいがちです。
その後、下山して、ホテルでくつろいでテレビを見ていたら、立山連峰で遭難して男性2人が死亡。2人が救助されたというニュースが流れていました。どうやら、立山には『春山』はないと、考えていた方が良いようです。
山のベテランになり、山を知れば知るほど、山の怖さ、何より、山のすばらしさ。分かるようになるそうです。同じ山に、何度も何度も来ていても、山は、同じように終わることはなく、毎回、何か冷っと、することがあるそうです。
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「山は、仕事と同じように、緊張感をもって、
真剣に臨んだ方が良い!」
上記の友人から頂いたアドバイス。今は、少し理解が出来たような気がします。
作成日:2016年5月9日 屋根裏の労務士